卒論紹介『国内の大規模イベントと土地価格の関係についての研究』
国内の大規模イベントと土地価格の関係についての研究
田村賢史
本論文では、国内で行われる大規模なイベントで地価はどのように変動するのかについて検討した。対象は長野オリンピック、愛知万博、横浜華博、つくば万博、日韓W杯前後5年の地価情報である。
地価情報・使用するデータ
今回行う調査は、
内容 日本で行われる大規模なイベントで地価はどのように変動するのか。
対象 長野オリンピック、愛知・横浜・つくば万博、日韓W杯前後5年の
地価情報からビックイベントと地価の関係について調べる。
調査では公示価格を使用する。データは標準地・基準地検索システム、国土交通省地価公示・都道府県地価調査に載せてあるものを利用した。
調査方法
長野オリンピック、愛知万博、つくば科学万博、横浜華博、日韓W杯開催会場の5つを調査対象とする。
- 長野オリンピック ・・・平成3(1991)年開催決定、平成10(1998)年開催
- 愛知万博 ・・・平成9(1997)年開催決定、平成17(2005)年開催
- つくば科学万博 ・・・昭和56(1981)年開催決定、昭和60(1985)年開催
- 横浜華博 ・・・昭和59(1984)年開催決定、昭和64(1989)年開催
- 日韓W杯開催会場 ・・・平成8(1996)年開催決定、平成14(2002)年開催
対象都市は長野市とする。期間は、平成5~15年のデータを使用する。比較都市は、長野県松本市と新潟県長岡市を使用する。
対象都市は長久手市とする。期間は、平成12~22年のデータを使用する。比較都市は岐阜県多治見市と静岡県沼津市のデータを使用する。
- つくば科学万博
茨城県つくば市を対象都市とする。期間は、昭和55年~平成2年のデータを利用する。比較都市は茨城県土浦市と水戸市である。
- 横浜華博
神奈川県横浜市を対象都市とする。期間は、昭和59年~平成6年のデータを利用する。比較都市は神奈川県川崎市と埼玉県さいたま市である。
- 日韓W杯
日韓W杯は、平成14(2002)年に、日本と韓国それぞれ10か所、計20か所で試合が行われた。この中で観客動員数が多かった上位3つである埼玉スタジアム、横浜国際総合競技場、長居スタジアムがある都市(横浜市、さいたま市、大阪市東住吉区)をデータとして使用する。
集計の仕方は、上記①~⑤の各地点の合計したものに、全地点、住宅地、商業地、工業地ごとの平均とその上昇率(前年比)を出す。相乗平均を出すので正の数にする必要があるため、すべての上昇率にそれぞれ1を足す。
対象地と比較値の比較結果
長野市の地価の変動率は、オリンピックが開催される前3年、5年の平均ともに比較年よりも下落率が小幅であった。また全国平均と比べても下落率の落ちは少なかった。
平成3年は、全国的には、バブル崩壊の年であり、また、その数年後に阪神淡路大震災が発生したことから、オリンピックが開催される2年前までは二ケタの割合で地価が下落している。比較都市の松本市も比較的似たような変動率を示している。しかし、長岡市は、平成5年まで地価は上昇していることから、必ずしもすべての市町村が全国平均と同様の動きをしているとは限らない。
平成12年は、全国的には、バブル崩壊による平成不況の10年が一段落したが、地価の下落には歯止めがかかっていなかった。開催地である長久手市も、開催前3,5年前は地価が下落している。比較地域の多治見市と沼津市の下落幅は全国平均、長久手市と比べても大きくなっている。開催後は長久手市の地価は上昇しているが、全国平均と比べても大きな違いは見られない。
- つくば科学万博
対象期間の後半は昭和61年から平成3年にかけてバブル景気であったため、全国的に地価価格は大幅に上昇している。その中でも昭和62年の地価上昇率は58%に達するなど、土地の高騰が際立っている。住宅地、商業地、工業地を比較すると、住宅地の変動率が大きくなっている
つくば市を見ると、万博開催前の3年間の地価の上昇率が全国平均、比較都市よりも高く、20%を超えている。しかし、開催2年後の昭和62年には、比較地域を含めた対象期間の中で唯一地価が下落している。この年は、先に触れたようにバブル最盛期であるため、比較都市も地価は上昇している。よって、万博開催前に地価が上昇した分、その反動で地価下落につながったと考えることもできる。一方で、万博以外に目を向けると、昭和62年11月30日に筑波郡矢田部村、大穂町、豊里町、新治群桜村の3町1村が新設合併して、当時の筑波町から人口11万人を超えるつくば市が誕生している。地価が全国平均以上に上昇した理由としては後者も考えることができる。
- 横浜華博
開催前3、5年は全地点、川崎、さいたまの上昇率はほぼ同じである。開催後3,5年も横浜と全国平均ほぼ変わらず、上昇から下落に反転するタイミングもさほど変わりはない。住宅地、商業地、工業地も同様の動きである。全国平均の61~62年にかけて最も上昇率が高いのは先に触れたように、バブル景気の影響とみられるが、各都市を見ると、最も上昇幅が大きいのが3地点とも昭和63年で全国平均と比べて1年遅くなっており、全国平均よりも大幅に上昇している。
- 日韓W杯
横浜市、さいたま市、東住吉区ともに全国平均と比較しても大きな違いはみられなかった。開催年のみ全国平均が若干上昇しているが、対象地域は同程度の割合で下落している。住宅地、商業地、工業地ともに全地点で地価は下落していて、W杯開催前、開催後で目立った違いはみられなかった。
対象地全体の開催前5年、前3年、開催年、開催後3年、5年の上昇率の変動の平均
全体平均(対象地) |
全地点 |
住宅地 |
商業地 |
工業地 |
前5年 |
0.0212 |
0.0318 |
−0.0073 |
0.0267 |
前3年 |
0.0418 |
0.0449 |
0.0212 |
0.0275 |
開催年 |
−0.0339 |
−0.0297 |
−0.0459 |
−0.0404 |
後3年 |
−0.0420 |
−0.1186 |
−0.0486 |
−0.0744 |
後5年 |
−0.0229 |
−0.0629 |
−0.0460 |
−0.0727 |
比較地全体の開催前5年、前3年、開催年、開催後3年、5年の上昇率の変動の平均
全体平均(比較値) |
全地点 |
住宅地 |
商業地 |
工業地 |
前5年 |
0.0489 |
0.0676 |
0.0379 |
0.0564 |
前3年 |
0.0774 |
0.0910 |
0.0695 |
0.0360 |
開催年 |
−0.0235 |
−0.0246 |
−0.0178 |
−0.0069 |
後3年 |
−0.0089 |
−0.0050 |
−0.0122 |
0.0340 |
後5年 |
−0.0202 |
−0.0109 |
−0.0293 |
0.0014 |
対象地全体と比較値全体の比較
最後に対象地全体と比較値全体の平均について見ていく。全地点を比較すると、イベント開催前3、5年ともに比較値地価の方が上昇率は大きかった。イベント開催後も3年は比較値の方が下落率は低くなっていた。住宅地、商業地、工業地についても同様の結果となった。工業地は比較値地価が上昇しているのに対し、イベント開催地は下落が続いたままであった。
まとめ・考察
5つのケースについてデータを比較してきたが、対象地域と比較地域との間に大きな違いがみられると思われるケースはなかった。長野オリンピックのみ若干の上昇率の違いがみられたが、比較地域と比較すると際立って上昇しているといえるものではなかった。また、①~⑤のデータ全体を比較しても、むしろ対象地域のほうが上昇率は大きく、下落率は小さいという結果であった。このことから国内の大規模なイベントと地価の相違は見られないといえる。個別のデータでは触れなかったが、地価の上昇率に変動を与える要因として、一つに市町村合併があげられる。市町村合併もしくは隣接する地域を吸収している地域はその次の年度に地価が大きく上昇していることがいくつかの地域で見られた。そこに住む人々の生活に直接の影響を与えるような事象が、土地価格に大きく影響を与えるのではないかと考えられる。