卒論紹介『貿易統計と景気の関係性について』
この論文では「実質輸出額」や「実質輸入額」といった貿易統計と景気の関係について述べていく。代表性による「実質輸出額が減少しているときは不況」といったイメージが必ずしも正しいわけではないということを周知させ国民の不必要な不安を取り除くべく、貿易統計と景気が常に連動するわけではないことについて分析し明らかにしていきたい。
また、代表性とは行動経済学の言葉で、ものごとを判断するときに代表的な事例に影響されて結論をだすことである。
【使用したデータ】
実質輸出額、実質輸入額、実質貿易収支(日本銀行時系列データ)
全て1990年1月~2014年12月の月次データを使用している。
【拡大期・縮小期に分けての統計分析】
1990年3月~2012年10月までの月次データをそれぞれ拡大期、縮小期ごとにまとめ、CI、実質輸出額、実質輸入額の平均値、中央値、標準偏差を求めた。
拡大期・縮小期に分けた結果、拡大期ではCIも実質輸出額、実質輸入額も増加していて、縮小期ではCIも実質輸出額、実質輸入額も減少していることが分かった。この分析の結果、長い期間で見ると「輸出額が減少すると景気は悪い、もしくは悪くなる」という世間一般で考えられている認識はあながち間違いではないことが分かった。
【景気循環における拡大期、縮小期ごとの分析】
次にそれぞれの景気循環における拡大期、縮小期のCI,実質輸出額,実質輸出額の変化率の平均値、中央値、標準偏差を調べた。
1990/3~93/9、2012/4~12/10の2期は縮小期でありながら実質輸出額の変化率が1を超えていることが分かった。この結果から景気が縮小しているときに必ずしも輸出額が減る傾向であるわけではないことが分かった。
そこで景気動向指数であるCIの値が悪くなり実質輸出額が増加している時期、CIの値が良くなって実質輸出額が減少している時期を具体的に調べ、分析していく。
【輸出額の増減が景気と連動しなかった期間の分析】
図1
図1で赤く囲まれている期間が輸出額の増減が景気と連動しなかった期間である。
①プライム・ローン問題、輸出の増加(2007.7~2008.1)
期間中のCIの変化率の平均値は1未満、実質輸出額の平均値は1以上となっている。
この時期の輸出は緩やかに増加していた。地域別にみると、アジア向け輸出は一般機械、電気機器や化学製品が増加し全体として増加していた。アメリカ向け輸出は輸送用機器が増加している。EU向け輸出は一般機械、輸送用機器が増加し、全体として緩やかに増加 していた。
景気はアメリカのサブプライム・ローン問題の影響で悪化した。住宅価格のバブルは非合理的なバブルであったのであり、金融工学への過信もバブルの崩壊と同時に消失した。借り手の返済能力を超えたサブプライム・ローンに対しては、金利支払いや元本の返済に追われだした者は消費を削減せざるをえなくなった。自動車ローンなどの一般的な融資も縮小し、その結果、アメリカの実体経済は急速に冷え込むことになった。日本経済は「いざなぎ超え」と喧伝された戦後最長の好景気が2007年10月に天井を打ち、緩やかな景気後退期に入っていった。
②景気の良化、輸出の悪化 (2013.7~2013.10)
期間中のCIの変化率の平均値は1以上、実質輸出額の変化率の平均値は1未満である。
この時期の輸出は弱含んでいた。地域別にみると、アジア向けの輸出はおおむね横ばいであった。アメリカ及びEU向けの輸出は横ばいとなっていた。一方、その他地域向けの輸出は弱含んでいるとみられていた。
2013年7-9月期の実質GDP(国内総生産)の成長率は、財貨・サービスの純輸出(輸出-輸入)がマイナスに寄与したものの、民間最終消費支出、民間住宅、民間在庫品増加、政府最終消費支出、公的固定資本形成がプラスに寄与したことなどから前期比で0.5%増となった(4四半期連続のプラス)。
以上からこの景気回復は輸出頼みの景気回復ではないことがわかる。景気を回復させるには輸出の増加が必要というのが世間のイメージだが、今回の景気回復は輸出が減少していたとしても景気回復が可能なことを示している。
【輸出依存度】
輸出が増加しても景気が悪化するケースや輸出が減少しても景気が回復するケースがあることが分かった。そこで世界で日本の輸出依存度はどれ程高いのか調べた。
表 世界の輸出依存度 国別ランキング (全208か国)【単位:%】
順位 |
国名 |
輸出依存度 |
1 |
香港 |
179.88 |
11 |
オランダ |
66.00 |
41 |
韓国 |
43.87 |
50 |
ドイツ |
38.70 |
110 |
中国 |
22.28 |
121 |
フランス |
20.41 |
137 |
イギリス |
16.48 |
144 |
日本 |
15.24 |
169 |
アメリカ |
9.32 |
グローバルノート - 国際統計・国別統計専門サイトhttp://goo.gl/c5LbrL(2016.1.10閲覧)
上の表から日本の輸出依存度は15.24%で世界208か国の中で144位と、アメリカを除く他の先進国よりも輸出依存度が低いということが分かった。つまり景気回復に輸出の増加が必須という世間のイメージと異なり、輸出の増加が昨今の日本の景気に与える影響は少なくなってきているのである。
【実質輸入額と景気】
図2
先ほどまでに昨今の日本において輸出額の増減は景気に影響を及ぼしにくいということを述べた。しかし、上の図2からは実質貿易収支の増減は景気に大きく影響を及ぼしているように考えることができる。
そこで新たに「最近の日本の景気の良し悪しは実質輸入額によって決まるようになっている」という仮説を立て検証する。
それぞれの期間の内閣府月次報告を参照すると、輸入額が増加する状況の期間、設備投資、個人消費が増加し景気が良くなった。また輸入額が減少する状況の期間、設備投資、個人投資ともに減少し景気が後退していることが分かった。
よって「最近の日本の景気の良し悪しは実質輸入額の動向によって決まるようになっている」という仮説は正しいと考える。
【結論】
この論文では4つの事実を明らかにすることができた。
1つ目は日本における輸出額が増加しているときは景気が良くなるという世間のイメージは統計的に見るとあながち間違ってないように見えるということ。
2つ目は、1つ目のイメージ通りにいかない輸出額が増加しても景気回復しない期間がある上に日本の輸出依存度は他の先進国と比べても低く、輸出額の動向が最近の日本の景気に大きな影響を与えているとは言えないということ。
3つ目は「貿易赤字や実質貿易収支の減少は景気後退に繋がる」という世間のイメージは全く正しくないこと。むしろ貿易赤字や実質貿易収支が減少しているときに景気回復をしていることが頻繁にあること。
4つ目は最近の日本の景気の良し悪しは実質輸入額の動向によって決まるようになってきているということ。
当初の目的であった「輸出額が減少しているときは景気が悪い」や「貿易赤字のときは景気が悪い」という世間のイメージを分析することで、これらのイメージは行動経済学における代表性によるものであり事実ではないということを示すことができた。この認識を広めることができれば国民が好景気なのにも関わらず不景気だと勘違いして消費を控え結果的に本当に不景気になるという自己成就予言を避けることができるだろう。
【参考文献】
浅子和美・篠原総一(2011)『入門・日本経済』有斐閣
山澤成康(2011),『新しい経済予測論』日本評論社
三橋規宏・内田茂男・池田吉紀(2009),『ゼミナール日本経済入門 改訂版』日本経済新聞出版社
内閣府 年次経済財政報告(2001) http://goo.gl/xIAPgn (2015年11月7日閲覧)
内閣府 年次経済財政報告(2008) http://goo.gl/wju83D(2016年1月10日閲覧)
内閣府 年次経済財政報告(2009) http://goo.gl/3GqA0o (2015年11月8日閲覧)
内閣府 年次経済財政報告(2011) http://goo.gl/DrbqpV (2015年12月閲覧)
内閣府 年次経済財政報告(2012) http://goo.gl/2gH8st (2015年12月閲覧)
内閣府 年次経済財政報告(2013) http://goo.gl/u82fXt(2016年1月10日閲覧)
内閣府 月次経済報告(平成4年11月)http://goo.gl/IhVWt7(2015年12月閲覧)
内閣府 月次経済報告(平成5年5月)http://goo.gl/5tQSD4(2015年12月閲覧)
内閣府 月次経済報告(平成8年4月)http://goo.gl/zYYMOA(2015年12月閲覧)
内閣府 月次経済報告(平成10年6月)http://goo.gl/4ZixPA(2016年1月10日閲覧)
内閣府 月次経済報告(平成12年12月)http://goo.gl/csls6s(2016年1月10日閲覧)
内閣府 月次経済報告(平成19年12月)http://goo.gl/PwcwU0(2016年1月10日閲覧)
内閣府 月次経済報告(平成23年5月)http://goo.gl/HD6Z13(2015年12月閲覧)
内閣府 月次経済報告(平成24年8月)http://goo.gl/N5tCKy(2016年1月10日閲覧)
内閣府 月次経済報告(平成25年10月)http://goo.gl/JM07tC(2016年1月10日閲覧)
グローバルノート -国際統計・国別統計専門サイトhttp://goo.gl/c5LbrL(2016.1.10閲覧)
日本銀行(1998)「1997年度の金融および経済の動向」https://goo.gl/uSyebw(2016年1月10日閲覧)
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