駿河台経済新聞

神田駿河台から発信する経済・ビジネス・社会情報

卒論紹介『大型商業施設が地方都市に与える影響の分析について』

4年の櫻井です。今回は、卒業論文について、簡単にではありますが、紹介していきます。

 

テーマ

「大型商業施設が地方都市に与える影響の分析について

――両毛地域におけるイオン店舗の経済的影響の考察」

 

はじめに

近年日本では豊富な土地の余剰がある地方への、大型商業施設の出店が増加している。大型商業施設の出店は、周辺地域への経済効果が非常に大きく地域の活性化につながるだろうと期待されている。一方で、大型店舗ではより少ない従業員によってそれまでよりも、大きな売り上げを上げるなどの利潤の効率化や、もともと当該地域にある商店街などの多店舗からの顧客吸収など、マイナスの経済効果を与えているという指摘もなされている。そこで、大型商業施設の出店が真にプラスの経済効果をもたらしているのかをDID分析を用いて検証していく。

 大型商業施設といってもその種類は、様々である。そのため、今回は地方都市とその周辺地域の経済に、より深い関係があるであろうと考え、食料品など日用品の調達場所として、周辺地域の住民をメインのターゲットとする店舗の代表的なものとしてイオンを調査対象とした。

 

今回、分析対象としたイオンは次の通りである。

・イオン高崎店

・イオン大田店

・イオン今市店

・イオンモール小山店

・イオンモール佐野新都心

・イオン栃木店

 

同様に、分析に使用したデータは、住宅地平均地価、商業地最高地価、法人税、新設住宅着工戸数であり、それぞれの市町村ごとに集めて使用した。

・住宅地平均地価・・・(国土交通省地価公示)

・商業地最高地価・・・(国土交通省地価公示)

法人税・・・(総務省 地方税に関する統計)

・新設住宅着工戸数・・・(住宅着工統計)

 

 

分析結果、および考察

 

住宅地平均地価

住宅地平均地価

イオン都市

非イオン都市

開業1年前

 

 

平均

-5.25%

-7.01%

中央値

-4.96%

-6.88%

標準偏差

0.009157191

0.019154532

開業1年目

 

 

平均

-4.69%

-8.85%

中央値

-4.18%

-5.66%

標準偏差

0.018701701

0.077435963

開業2年目

 

 

平均

-7.12%

-5.39%

中央値

-5.46%

-4.84%

標準偏差

0.04206436

0.025214079

開業3年目

 

 

平均

-4.48%

-5.41%

中央値

-5.34%

-4.84%

標準偏差

0.033924433

0.025214079

開業4年目

 

 

平均

-3.89%

-5.57%

中央値

-5.54%

-5.96%

標準偏差

0.037711054

0.045266132

開業5年目

 

 

平均

-5.35%

-4.07%

中央値

-5.53%

-4.47%

標準偏差

0.056657437

0.037864784

 

住宅地平均地価については、イオンの開業は、わずかであるが地価の減少を改善させるという結果がみられた。

開業1年目にはイオン都市の地価が改善し、非イオン都市の地価の増加率が大幅に下落しているのがわかる。イオン都市において、住宅地の地価が改善したということはその地域に住みたいと思う人が増加したものによると考えられる。イオン開業によって、新たに生まれた雇用にともなって、勤務地の近くに引っ越す人が増加したのではないだろうか。さらには、開業することによる生の利便性の向上などの期待感が高まり、地価の増加率を改善させたのではないかと考えられる。しかし、開業2年目ですでにイオン開業の効果は非常に弱いものとなり、開業から5年目には、非イオン都市との差はほぼなくなっていることから、その効果は非常に限定的であることもわかる。また地価が改善しているのは開業前後のみであり、開業2年目以降には大きな値の増減をみることはできない。

大型商業施設開業の効果は、住宅地においてはプラスに働くが、その効果は非常に短期的なものであるといえるだろう。

 

商業地最高地価

商業地最高地価

イオン都市

非イオン都市

開業1年前

 

 

平均

-6.04%

-12.52%

中央値

-5.13%

-10.20%

標準偏差

0.038513606

0.045778336

開業1年目

 

 

平均

-9.04%

-10.91%

中央値

-6.66%

-11.63%

標準偏差

0.044964098

0.054681513

開業2年目

 

 

平均

-9.10%

-9.89%

中央値

-7.61%

-12.96%

標準偏差

0.056882559

0.069033869

開業3年目

 

 

平均

-9.07%

-10.10%

中央値

-10.69%

-12.96%

標準偏差

0.075205943

0.069033869

開業4年目

 

 

平均

-7.63%

-7.17%

中央値

-7.94%

-10.20%

標準偏差

0.077922408

0.098672142

開業5年目

 

 

平均

-6.51%

-3.04%

中央値

-6.54%

-4.72%

標準偏差

0.070532036

0.06176422

 

商業地最高地価については、イオンの開業は商業用地の地価を大幅に下げるという結果となった。同時期の非イオン都市においては、緩やかな改善が続いていることからも、イオンの開業は、商業地においてマイナスの影響を与えていることがわかる。つまり、その土地にできたイオンが新たに生み出した消費と収益率が、既存店からイオンが吸収した収益率よりも低いといえるだろう。

 また、大型商施設であるイオンには、様々な専門店が複合的にあることからも、イオン周辺への他事業者の出店は難しいと考えられる。その点も、商業用地としての価値を下げた要因として挙げられるのではないだろうか。

このことからも、本稿のはじめで先行研究の中で紹介したように、大型商業の開業は、経済的にプラスの影響を与えるのではなく、単に経済発展ではなく、経済活動の配置転換であるといえるかもしれない。

 

 

法人税

法人税

イオン都市

非イオン都市

開業1年前

 

 

平均

2.31%

7.64%

中央値

8.49%

10.84%

標準偏差

0.157346946

0.234734674

開業1年目

   

平均

25.37%

26.43%

中央値

21.72%

8.23%

標準偏差

0.162302601

0.415385859

開業2年目

   

平均

-1.21%

7.41%

中央値

-0.72%

2.67%

標準偏差

0.098294387

0.199326763

開業3年目

   

平均

18.91%

6.04%

中央値

6.78%

2.67%

標準偏差

0.345776023

0.199326763

開業4年目

   

平均

71.45%

6.79%

中央値

3.62%

1.94%

標準偏差

1.708449568

0.20578225

開業5年目

   

平均

11.45%

-2.12%

中央値

3.01%

0.28%

標準偏差

0.270121052

0.102163617

 

 法人税については、開業前後で法人税の増加率は非常に大きく増加していることから、イオンの開業は当該地区での売り上げの増加に寄与していることがわかった。これは、イオン開業により当該地区での消費が増加したことが示唆される。しかし、非イオン都市と比較すると2年目までの増加率の推移がほぼ同じである点から考えると、増加の原因がイオンの開業にあるかは、注意して考慮する必要もあるだろう。だが、この増加は長く続かず、開業2年目には大きく減少している。これは、単にイオンの売り上げが落ちたこともあるであろうが、一方でイオン出店によって、閉店または売り上げが落ちてしまった事業所の影響も考えられる。

 また、住宅地平均地価同様にイオン開業による大きなプラスの効果は長期的には続かず、都市を経るごとに、減少していくこともわかる。

 

 

新設住宅着工戸数

新設住宅着工戸数

イオン都市

非イオン都市

開業1年前

 

 

平均

0.94%

-6.09%

中央値

6.93%

-4.63%

標準偏差

0.116446159

0.147937677

開業1年目

   

平均

18.25%

-0.71%

中央値

18.46%

2.62%

標準偏差

0.096999023

0.146019129

開業2年目

   

平均

16.61%

8.54%

中央値

21.14%

10.00%

標準偏差

0.196255644

0.115810271

開業3年目

   

平均

-2.52%

8.73%

中央値

2.88%

11.11%

標準偏差

0.153340064

0.104664703

開業4年目

   

平均

-0.88%

9.51%

中央値

-1.95%

16.92%

標準偏差

0.170594613

0.158893657

開業5年目

   

平均

-5.60%

0.01%

中央値

-0.93%

-1.48%

標準偏差

0.200728943

0.128633273

 

 新設住宅着工戸数については、イオンの開業は短期的にはプラスの影響を与え、長期的にはほぼその効果はなくなるという結果となった。これは、イオン開業にともなる、周辺地域の人口増加、あるいは増加した雇用により、他地域から当該地域への転入者が増えたのではないかと考えられる。しかし、その影響はほかの変数同様開業1、2年の短期的なものである。ここで、他の変数と異なる点は開業後年数を経るごとに減少率が大きくなり長期的には、マイナスの影響となっている点である。

 

 

参考文献・データ出典

・原田英生(2008),『アメリカの大型店問題 小売業をめぐる公的制度と市場主義幻想』、有斐閣

・松浦寿幸・元橋一之(2006),「大規模小売店の参入・退出と中心市街地の再生」,独立行政法人経済産業研究所,2006,Vol.35,No.3。

慶應義塾大学 直井道生研究会 地方政策分科会(2014),「アウトレットモール開業が地域に与える影響 ――成功するアウトレット開業とは」,ISFJ 政策フォーラム2014 発表論文

国土交通省国土交通省地価公示都道府県地価調査,

http://www.land.mlit.go.jp/landPrice/AriaServlet?MOD=2&TYP=0 (2015.11.23アクセス)

総務省地方税に関する統計』

国土交通省『住宅着工統計』

一般社団法人 日本ショッピングセンター協会ホームページ

http://www.jcsc.or.jp/ (2015.10.26アクセス)

イオンリテール株式会社ホームページ

 http://www.aeonretail.jp/shop/aeonlist.html (2015.10.26アクセス)

・イオン各店舗ホームページ(イオン高崎店、イオン太田店、イオン今市店、イオンモール小山店、イオンモール佐野新都心店、イオン栃木店)

 

 

 

 

ファスト風土化する日本―郊外化とその病理 (新書y)

ファスト風土化する日本―郊外化とその病理 (新書y)

 

 

卒論紹介『子どもの成長と労働環境との関係性の分析について』

論文報告

「子どもの成長と労働環境との関係性の分析について

―――よい子指標を用いた子育てに望ましい労働環境の考察」

 

はじめに

少子高齢化の進む日本社会が労働力を維持するためには、生産年齢人口にあたる人びとのうち、より多くの人に働いてもらうこと、そして子どもの数を増やすことの二点が重要です。しかし現状では、特に女性に対して仕事か育児かのどちらかしか選択できないような環境となっており、両立ができていません。そこで卒業論文のテーマとして選択したのが子どもの成長と就労環境についての関係です。分析の手順としては、まず主成分分析により子どもの成長について、よい子指標と呼べるような指標をつくりました。そして、このよい子指標と労働者の状況を示す変数との関係を、重回帰分析を用いて分析し、子どもと労働の間にどのような関係が存在するのかを明らかにします。なおこの分析では、2010年の都道府県別統計データを主に使用し、2010年に調査のなかった社会生活基本調査については、調査期間の最も近い2011年のデータを使用しました。

 

主成分分析の説明と分析結果

 そもそも主成分分析とは、いくつかある変数を見やすくまとめる手段の一つです。具体的にどのように見やすくするかというと、それぞれの変数に主成分負荷量をかけて、新しく変数を合成することで、変数をまとめた指標をつくるのです。この分析では、主成分分析を行った結果得られた主成分のうち主成分1と2を重回帰分析の被説明変数としました。以下が各変数の主成分別負荷量です。

 

図表3:第1主成分の負荷量

f:id:SurugaD:20160307111719p:plain

 

 第1主成分は進学率の負荷量が最も大きくプラスに働き、続いてセンター試験受験率が続いています。また全国学力調査の得点率もまたプラスに働いており、学力をあらわす項目の全てがプラスに働きました。一方で専門学校の進学率や就職率がマイナスに働いていることは、大学への進学者が多いことを示しています。したがって第1主成分は学歴に重点を置いたよい子の指標といえるのです。

 

図表4:第2主成分の負荷量

f:id:SurugaD:20160307111737p:plain

 

 

 次に第2主成分については、学力調査の正答率や就職率がプラスに働いています。そしてマイナスに働いているのは少年犯罪率であることを考えると、勤勉さや勤労さが反映された、態度重視よい子指標と言えそうです。その一方で、大学進学率がマイナスに働いていることから、大学進学を重視していないことが考えられます。


回帰式の設定

 ここでは、よい子指標を被説明変数として行った重回帰分析の回帰式の設定過程について述べていきます。この分析における目的変数は、就職率、第1主成分である学歴重視よい子指標、第2主成分である態度重視よい子指標の3つであり、それぞれの目的変数に対して重回帰分析を行いました。そして説明変数は以下の21項目です。

 

  • 一人あたり県民所得
  • 昼夜間人口比率
  • 有業率
  • 完全失業率
  • 求職者比率
  • 過去1年以内の就業異動中の就業継続率
  • 起業者割合
  • 役員割合
  • 正規雇用者割合
  • 平均継続就業期間
  • 労働条件を理由とした離職率
  • 結婚を理由とした離職率
  • 妊娠・出産を理由とした離職率
  • 介護・看護を理由とした離職率
  • 子育て中の有業者割合
  • 子育て中の有業者の育児休業等制度の利用率
  • 介護を行っている有業者の割合
  • 介護中の有業者の介護休業等制度の利用率
  • 仕事にかける時間
  • 通勤・通学時間
  • 学習・自己啓発・訓練(学業以外)

 

推計結果と考察

 まず重回帰分析の結果を説明したのちに、3つの回帰分析の結果から読み取れる事柄についてまとめを行います。はじめに、就職率を目的変数とした重回帰分析の結果ですが、傾向が読み取りにくい結果だったため、割愛します。

 

学歴重視よい子指標を目的変数とした回帰結果

 主成分分析で得た指標からはまず、学歴重視よい子指標を目的変数とした重回帰分析の結果を説明します。P<0.4を満たす説明変数は10項目が残りました。

 

図表6:学歴重視よい子指標を目的変数とした回帰式

説明変数

係数

t値

有意水準

P値

一人あたり県民所得

0.00267

4.09006

***

0.00023

昼夜間人口比率

-0.11724

-1.94427

*

0.05971

完全失業率

-0.22843

-1.01363

 

0.31752

起業者割合

-2.69364

-3.34311

***

0.00194

役員割合

1.25126

3.10841

***

0.00366

平均継続就業期間

-0.26302

-1.19519

 

0.23983

結婚を理由とした離職率

0.45826

2.69090

**

0.01074

妊娠・出産を理由とした離職率

-0.26705

-1.61624

 

0.11477

子育て中の有業者の

育児休業等制度の利用率

0.18499

2.07360

**

0.04533

介護中の有業者の

介護休業等制度の利用率

-0.11942

-0.96509

 ですが

0.34094

(定数項)

5.42845

0.73394

 

0.46774

R2=0.667, AIC=156.527

*:10%有意,**:5%有意,***:1%有意

 

分析の結果、一人あたり県民所得、起業者割合、役員割合の3項目が1%有意を満たしました。さらに5%有意の範囲に収まったのは、結婚を理由とした離職率と子育て中の有業者割合で10%有意の範囲には昼夜間人口比率が含まれています。これら、10%有意までに含まれる項目の多くがプラスにはたらいており、マイナスにはたらいた項目は起業者割合と昼夜間人口比率です。

 

態度重視よい子指標を目的変数とした回帰結果

図表7:態度重視よい子指標を目的変数とした回帰式

説明変数

係数

t値

有意水準

P-値

有業率

-0.28523

-2.57116

**

0.01429

求職者比率

-0.45930

-3.02658

***

0.00448

役員割合

0.27731

1.34273

 

0.18754

介護・看護を理由とした離職率

0.58984

3.04974

***

0.00422

子育て中の有業者割合

-0.22443

-1.36041

 

0.18193

子育て中の有業者の

育児休業等制度の利用率

0.16658

2.39517

**

0.02179

介護を行っている有業者の割合

-1.52305

-3.98520

***

0.00030

仕事にかける時間

0.10283

3.74004

***

0.00062

通勤・通学時間

-0.08837

-1.93018

*

0.06128

(定数項)

4.43133

0.88178

 

0.38359

R2=0.612, AIC=141.463

*:10%有意,**:5%有意,***:1%有意

 

 態度重視よい子指標を目的変数とした回帰分析では、求職者比率、介護・看護を理由とした離職率、介護を行っている有業者の割合、仕事にかける時間の4点が有意水準1%を満たしており、有業率と子育て中の有業者の育児休業等制度の利用率が有意水準5%、通勤・通学時間が有意水準10%にそれぞれ含まれています。

 

分析結果から

 以上の分析結果から読み取れることのなかで興味深いのは、「子育て中の有業者の育児休業等制度の利用率」がふたつのよい子指標のどちらにも有意だったことです。ここから女性が働きながら子育てを行うための制度を利用しやすい環境にあることは、こどもが学歴や態度の面においてよりよく成長していくために重要といえます。したがって、出産・育児休暇や時短勤務といった、子育てを援助する制度を整えることはこどものためにもなることなので、より促進すべきだといえるでしょう。

 

参考文献

西内 啓(2013),『統計学が最強の学問である――データ社会を生き抜くための武器と教養』、ダイヤモンド社

符 李諱(2009),「高学歴女性と少子化に関する実証的研究一共働き高学歴女性の職業意識・労働環境と育児実態の事例から一」,『総合政策』第7 巻第1 号,Iwate Prefectural University,p105− 106。

嘉本 伊都子(2004)「女子学生のライフコース設定と就労意識──2003年度質的社会調査を通して──」,『現代社会研究』第7巻, 京都女子大学現代社会学部,p63-81。

大野 祥子(2012) 「育児期男性にとっての家庭関与の意味 男性の生活スタイルの多様化に注目して」,『発達心理学研究』第23巻第3号,一般社団法人日本発達心理学会,p 287-297。

多賀 太(2005)「性別役割分業が否定される中での父親役割」,『フォーラム現代社会学』 第4巻, 関西社会学会,p48-56。

住田正樹・中村真弓・山瀬範子(2009)「幼児をもつ親の役割意識に関する研究」,『放送大学研究年報』第27巻, 放送大学,p25-33。

総務省(2014)「平成 26 年版情報通信白書」,総務省ホームページ(http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h26/html/nc141210.html:2016年1月11日閲覧)(licensed under CC-BY 2.1 JP http://creativecommons.org/licenses/by/2.1/jp/)

 

 

統計学が最強の学問である

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その数学が戦略を決める (文春文庫)

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卒論紹介『都道府県間の人口移動における要因についての分析』

こんにちは。鈴木です。

今回は私が卒業論文で取り扱った都道府県間の人口移動における要因」についての分析と結果を紹介します。

 

1.はじめに

 現在、日本の都道府県において過半数が転出超過の現状にあります。2010年の国勢調査によると転入超過の県はわずか8都道府県であり、その他はおおよそ1000人以上の転出超過で人口流出が激しいといえます。高度経済成長期やオイルショックバブル崩壊以降の不況といった社会、経済の変化の中でこれまでに行われてきた人口移動と、現代の人口移動の要因に違いはあるのか、といった疑問から、今回は都道府県間の人口移動の要因について分析を行いました。

 

2.使用したデータ

目的変数は各都道府県の転入超過数、受け入れ先都道府県(以下、基準地)の人口に対する転入超過数の割合、各基準地への転入者数、各基準地からの転出者数、基準地人口に対する転出者数の割合の5つを設定しました。

説明変数は人口、所得、雇用、住居、その他、ダミー変数の6つのカテゴリから24種類を設定した。人口密度、男女別人口割合、15歳未満人口割合、15歳以上65歳未満人口割合、65歳以上人口割合、単身者世帯割合、昼夜間人口割合、県民所得、一人あたり県民所得、有効求人倍率、人口10万人に対する病院数、新設住宅着工戸数、一次産業従事者割合、二次産業従事者割合、三次産業従事者割合、持ち家率、可住地面積比率、基準地の政令指定都市の有無、都道府県間の距離、さらに人口や経済の規模、都道府県間の距離を鑑みてダミー変数として、東京と一都三県(東京、千葉、埼玉、神奈川)が基準地ないしは転出した際の移動先(以下、比較地)であった場合と、沖縄が比較地であった場合に設定しました。なお、説明変数は経済や人口規模によって分析に影響が出ないように基準地人口に対する割合に統一しています。

また、分析方法として、本稿では都道府県間の人口移動の要因を探るため、上記の5つの目的変数に対し24の目的変数を設定し、重回帰分析を行いました。重回帰分析を行うにあたっては変数減少法を用いて変数選択を行いました。

 

 

3.結論と今後の課題

今回の研究で明らかとなったのは、以下の二点です。

(1)東京を中心とした一都三県地域の特殊性

(2)各都道府県における高齢者の割合が人口移動に影響を及ぼす。

 

分析を行った結果明らかになったこの二点について、具体的に考察を行います。

まず、人口密度が全てにマイナスに効いていることから人口密度が高いほど求心力は高いが、定着率も高く人口移動は起きづらいと考えられます。持ち家率も同様に全てにマイナスに効いているという点から、持ち家率が高い都道府県ほど人口移動は起きづらく転入出があまり増減しないといえるでしょう。その一方、政令指定都市ダミーや東京基準地ダミーが全てにプラスであるという点から、特に経済規模の突出した都府県に関しては転入も転出も活発であるということが考えられる。中でも東京、千葉、埼玉、神奈川といった一都三県は地方の政令指定都市と圧倒的に経済規模や通勤、通学で用いる交通インフラの整備状況といった面で突出しているため明らかであるといえます。これは一都三県基準地ダミーと一都三県比較地ダミーが転入超過数と転入超過数の割合においてマイナスであること、それ以外の目的変数においてはプラスに働いていることからも裏付けられます。

この一都三県の特殊性で言えば、県民所得が転出者割合を除いて全てマイナスに働いている点にも着目したいと考えられます。はじめに述べたように、かつての人口移動は所得や雇用を求めて発生していると考えられていました。現に、転入超過数とその割合において昼夜間人口割合がプラスに効いていることからも、就業者が多い基準地ほど転入超過が発生しやすいのではないかという見方もできます。しかしながら、今回有効求人倍率は一つも有意ではなく、さらに県民所得が高ければ転出入が起きづらい、あるいは基準地への定着率が高いという結果となりました。これは単なる雇用先、賃金を求めての人口移動ではなく、生活基盤、あるいは住環境といった要因が人口移動に大きな影響を及ぼしていると考えられるのではないでしょうか。また、都道府県間の距離が全てマイナスに効いていることから、かつてのような都心一極集中ではなく、近県の政令指定都市への移動、もしくは一都三県に在住しその中で移動が発生しているのではないかと考えられます。

 

次に、高齢者の割合が人口移動に影響を及ぼす点について述べます。

この論拠に関しては、人口10万人に対する病院数が全ての目的変数に対しマイナスに効いていた点、転出者数において可住地面積比率がプラスに働いていた点、そして転入出者数において一次産業従事者割合がマイナスに働いていた点にある。人口に対する病院が多いほど人口移動は起こりづらいといえます。さらに、可住地面積比率が高いほど転出者数が多いということは三次産業に比べて一次産業や二次産業の方が活性化しており、いわゆる土地あまりになっている可能性が高いです。また、転出入者数にマイナスに効いている一次産業従事者は高齢者が多いことからも、高齢者の割合が高い都道府県は人口移動が起こりづらく、転出者数が少ない代わりに求心力も弱いために転入者数も少ないということがわかます。高齢者ほど持ち家率や所得も高いため、前述した考察結果とも整合性がとれている。

図1は、今回用いた65歳以上人口割合について表したものです。47都道府県のうち、赤で記したおよそ半分の県は65歳人口割合が25%以上です。また、青で記した23%以上の道府県も合わせると、各地方の中心となる大都市圏か関東、関西の一部の県を除いてかなりの数を占めることになります。つまり、現代の都道府県間の人口移動の減少の原因として各都道府県の高齢者の人口割合が高くなっていることが挙げられます。労働人口は各地方の政令指定都市など中核都市、あるいは東京を中心とした一都三県などやその周辺に移動するのに対し、他の県では高齢化が進むに連れて出生率も下がり、人口の自然増加率も下がる。高齢化が進むことで転入者数はますます減少し、地域の過疎化が進行するということです。地域の衰退は高齢化と密に関係があり、地方活性は悪循環を断ち切り各都道府県が若返りを行わないと難しいという現状が明らかになりました。

 

図1 各都道府県の65歳以上人口割合

 

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今回の研究において明らかになった今後の課題は以下の二点です。

(1)東京を中心とした一都三県の特殊性と、その他の地域の人口移動について

(2)高齢者割合が人口移動に負の影響を及ぼすことの解決策と地域活性化について

 

今回、人口密度が高い都道府県ほど定着率が高く、人口移動が起こりづらいという結果になったにも関わらず、東京や一都三県ダミーは非常に有意かつプラスに働くため活発な人口移動が起きているという正反対の結果となりました。これには地方都市と首都圏の所得や雇用の差だけではなく、交通インフラの整備による通勤、通学圏の拡大やベットタウンを備えた巨大な経済規模を持つ首都圏の特殊性を明らかにしたといえます。したがって、この一都三県内の人口移動についての要因分析とその他の地域の人口移動についての要因分析を分けて行った場合ではさらに異なる結果が見えてくるのではないかと考えられます。この点において、まだ検証の余地があるとして今後の課題であるといえます。

次に、高齢者の割合が高いほど人口移動が起きづらいという結果から高齢化問題と人口移動の事象には密接な関係があるという結果についてです。前述のとおり、各地域における人口の増加は高齢者の割合が高ければ高いほど難しいことが現状です。これまでの考察から、単なる雇用や所得だけでなく、住環境や生活形態という点が人口移動にとって重要なファクターであることは明らかです。これらをもとにして、この悪循環を断ち切り、地域活性化のための各都道府県の若返りに向けた解決策を考える必要があるのではないでしょうか。

 

 

 

参考文献

岡崎陽一『日本人口論』(1990)、古今書院

姫野和弘(一般財団法人 土地総合研究所)(2015)「都道府県間の人口移動について リサーチメモ(2015年2月27日)」(http://www.lij.jp/news/research_memo/20150227_2.pdf:2015年10月30日閲覧)

国土交通省(2002)「国土交通白書平成14年版」(http://www.mlit.go.jp/hakusyo/mlit/h14/H14/html/E1021101.html:2015年10月30日閲覧)

国土交通省国土地理院「各都道府県庁間の距離」(http://www.gsi.go.jp/KOKUJYOHO/kenchokan.html:2015年10月30日閲覧)

 

 

 

 

卒論紹介『経済調査機関による実質GDP成長率予測の精度について』

「経済予測は当たらない」という説がある。2014年4月に消費税率が5%から8%に引き上げられた際、その時期のエコノミストによる経済予想は大きく外れる結果となり、世間を大いに賑わせた。

しかし、経済予測は政府の政策提言の基礎や企業運営における指針などに非常に重要な要素となっている。そのため、この研究では経済調査機関が発表する実質GDP成長率予測に焦点を当て、本当に予測は当たらないのかを調査するとともに、予測機関の予測の傾向を明らかにすることで、最新の経済予測の実態を探っていく。

記事にするにあたり全文を載せるわけにもいかないため、細かいところは省略し、要点のみを紹介していきます。ご了承ください。

 

 

【対象予測機関】

予測値については、日本経済研究センターが年初に発表する『日本経済研究センター会報』の「民間調査機関経済見通し」を参考にした。これは、年末に予測機関が発表した予測値を集めたもので、発表時点の次の年度の予測値が掲載されている。以下、1980年以降継続してデータが取れた17機関を対象とした。

 

<専門研究機関等>

・政府見通し

日本経済研究センター

・日経NEEDS予測

・国民経済研究会

・関西社会経済研究所

 

<生命保険・証券系>

朝日生命保険

ニッセイ基礎研究所

大和総研

野村証券金融経済研究所

・新光総合研究所

 

<銀行系>

日本総合研究所

住友信託銀行

三菱総合研究所

三菱UFJリサーチ&コンサルティング

みずほ総合研究所

三菱UFJ信託銀行

・大和銀総合研究所

 

*対象期間は1980年から2012年であるが、2003年以降予測値を発表しなくなった機関や、組織自体がなくなった機関もある。

 

 

【日本の経済予測精度】

まず経済予測とそのパフォーマンスについて振り返ってみる。過去の実質GDP成長率予測を振り返ってみると、大きく外れた年が多いことがわかる。予測機関17機関の予測値の最大値と最小値をとってみると、その間に実質値が入っていない場合も多い。どの予測機関も予測が的中しなかった場合である(図1)。また、誤差が大きかった年はどのような年であったか調べるため、実績値と予測機関の予測値平均との差を誤差とし、その絶対値が大きい順に並べた(表2)。

 

図1 予測機関のパフォーマンス(実質GDP成長率予測)

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表2 実質GDP成長率予測誤差ワースト10

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予測値の誤差の絶対値が最も大きかったのは2008年度で、予測機関平均の2.0%に対し、実質値はマイナス3.7%で、5.7%も予測が外れている。予測の最大値は野村証券金融経済研究所と大和総研の2.3%、最小値は住友信託銀行みずほ総合研究所などで1.9%であり、比較的どの機関も似たような予測値を発表していた。

 

次に誤差の絶対値が大きかったのは、1987年度のバブル期である。87年度の予測は、プラザ合意の影響による急激な円高進行の中で行われた。そのため予測機関平均の2.7%に対し、実質値は6.1%で、3.4%も予測が外れている。予測の最大値は政府見通しの3.5%、最小値は三菱総合研究所の1.8%であった。

 

 

【各予測機関の予測精度】

次は対象とした17機関の予測精度について見ていく。予測を評価する方法はさまざまなものが、今回は誤差を評価する指標として、平均平方誤差の平方根を用いる。これは、誤差の二乗和を平均し、平方根をとったものである。この値が小さいほど予測精度が良く、値が大きいほど精度が悪いということになる。

 

表3 実質GDP予測の平均平方誤差による予測精度比較

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【考察】

日本の経済予測の的中率はそれほど高いものではない。予測機関によってはたまたまある年では的中することもあるが、外すことがほとんどである。その中でも予測が大きく外れた時期の背景に、リーマンショックやバブル景気などが挙げられる。世界的な金融危機やバブルは予測に大きな影響を及ぼすようである。

 

しかし、このような経済危機に対して予測機関はいち早く気づくことはできないのだろうか。外国で起こった危機に対して日本は楽観的な態度を取り、その影響が伝わる速さや大きさを見誤ることが多いように感じる。内閣府が発表する景気基準日付を参考に予測が大きく外れた年度を見てみると、確かに景気の転換点において予測を大きく外した年度が当てはまることが多い。世界の経済状況を加味しつつ、景気の変動に敏感になることが予測を的中させるために重要なことであろう。

 

予測機関ごとのパフォーマンスを比べると、年代によっては大きく差が出るときはあるが、平均してならすとあまり大差はないように思える。また、予測の的中率が時系列的に上昇しているということはなさそうだ。

 

そもそも予測を当てようとしていないということも考えられる。予測値を発表することにより、景気をコントロールしようという思惑や努力目標として数値を少し上に予測しているということもあるだろう。紙面の都合上長くなってしまうため省略してしまったが、政府見通しに関して、そのような背景を持って強気な予測をする傾向があるような結果が得られた。

 

本稿では実質GDP成長率のみをピックアップして分析を行ったため、消費や設備投資、輸出入などGDPを構成する変数については考慮していない。予測項目別に分析を行うことにより、本稿とは違った結果が出ることはあるだろう。より詳細な結果出ることは間違いないので検証する必要があると思われる。

 

 

 

今回のように、経済予測について事後的な評価をすることは予測の精度を向上させるために必要なことである。しかし、単に実質GDP成長率が当たったかどうかで判断するのではなく、なぜはずれたのか、今後予測を的中させるにはどうすればいいかなど多角的な評価方法を考えるべきである。

 

経済予測は家計や企業、はたまた一国の道標となりうるものであるため、今後もこのような評価を続けていくことは重要である。

 

 

【参考文献・資料】

浅子和美・佐野尚史・長尾知幸(1989),「経済予測の評価」, 大蔵省財政金融研究所『フィナンシャル・レビュー』, 第13 号, pp10-33。

山澤成康・阿久津聡・倉品武文・杉山友規・高橋顕吾・西川琢也・村上直己(1998),「経済予測のパフォーマンスは満足できるものか」, JCER REVIEW, Vol.14。

浅子和美・山澤成康(2005), 「予測機関の予測形成様式」, 「経済研究」, Vol.56, No.3,July 2005, pp218-233。

山澤成康(2011),『新しい経済予測論』、日本評論社

日本経済研究センター,『日本経済研究センター会報』, 1980-2008 内1,2月号。

JCER 日本経済研究センターホームページ(https://www.jcer.or.jp/index.html

内閣府,「年次経済財政報告」,内閣府ホームページ(http://www.cao.go.jp/

 

 

なぜ経済予測は間違えるのか?---科学で問い直す経済学

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経済予測脳で人生が変わる!

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卒論紹介『貿易統計と景気の関係性について』

この論文では「実質輸出額」や「実質輸入額」といった貿易統計と景気の関係について述べていく。代表性による「実質輸出額が減少しているときは不況」といったイメージが必ずしも正しいわけではないということを周知させ国民の不必要な不安を取り除くべく、貿易統計と景気が常に連動するわけではないことについて分析し明らかにしていきたい。

また、代表性とは行動経済学の言葉で、ものごとを判断するときに代表的な事例に影響されて結論をだすことである。

 

【使用したデータ】

景気動向指数CIの一致指数(内閣府

実質輸出額、実質輸入額、実質貿易収支(日本銀行時系列データ)

全て1990年1月~2014年12月の月次データを使用している。

 

 

【拡大期・縮小期に分けての統計分析】

1990年3月~2012年10月までの月次データをそれぞれ拡大期、縮小期ごとにまとめ、CI、実質輸出額、実質輸入額の平均値、中央値、標準偏差を求めた。

 

拡大期・縮小期に分けた結果、拡大期ではCIも実質輸出額、実質輸入額も増加していて、縮小期ではCIも実質輸出額、実質輸入額も減少していることが分かった。この分析の結果、長い期間で見ると「輸出額が減少すると景気は悪い、もしくは悪くなる」という世間一般で考えられている認識はあながち間違いではないことが分かった。

 

 

景気循環における拡大期、縮小期ごとの分析】

次にそれぞれの景気循環における拡大期、縮小期のCI,実質輸出額,実質輸出額の変化率の平均値、中央値、標準偏差を調べた。

 

1990/3~93/9、2012/4~12/10の2期は縮小期でありながら実質輸出額の変化率が1を超えていることが分かった。この結果から景気が縮小しているときに必ずしも輸出額が減る傾向であるわけではないことが分かった。

そこで景気動向指数であるCIの値が悪くなり実質輸出額が増加している時期、CIの値が良くなって実質輸出額が減少している時期を具体的に調べ、分析していく。

 

【輸出額の増減が景気と連動しなかった期間の分析】

図1

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図1で赤く囲まれている期間が輸出額の増減が景気と連動しなかった期間である。

 

 ①プライム・ローン問題、輸出の増加(2007.7~2008.1)

期間中のCIの変化率の平均値は1未満、実質輸出額の平均値は1以上となっている。

この時期の輸出は緩やかに増加していた。地域別にみると、アジア向け輸出は一般機械、電気機器や化学製品が増加し全体として増加していた。アメリカ向け輸出は輸送用機器が増加している。EU向け輸出は一般機械、輸送用機器が増加し、全体として緩やかに増加 していた。

景気はアメリカのサブプライム・ローン問題の影響で悪化した。住宅価格のバブルは非合理的なバブルであったのであり、金融工学への過信もバブルの崩壊と同時に消失した。借り手の返済能力を超えたサブプライム・ローンに対しては、金利支払いや元本の返済に追われだした者は消費を削減せざるをえなくなった。自動車ローンなどの一般的な融資も縮小し、その結果、アメリカの実体経済は急速に冷え込むことになった。日本経済は「いざなぎ超え」と喧伝された戦後最長の好景気が2007年10月に天井を打ち、緩やかな景気後退期に入っていった。

 

 ②景気の良化、輸出の悪化 (2013.7~2013.10)

 期間中のCIの変化率の平均値は1以上、実質輸出額の変化率の平均値は1未満である。

この時期の輸出は弱含んでいた。地域別にみると、アジア向けの輸出はおおむね横ばいであった。アメリカ及びEU向けの輸出は横ばいとなっていた。一方、その他地域向けの輸出は弱含んでいるとみられていた。

2013年7-9月期の実質GDP(国内総生産)の成長率は、財貨・サービスの純輸出(輸出-輸入)がマイナスに寄与したものの、民間最終消費支出、民間住宅、民間在庫品増加、政府最終消費支出、公的固定資本形成がプラスに寄与したことなどから前期比で0.5%増となった(4四半期連続のプラス)。

 以上からこの景気回復は輸出頼みの景気回復ではないことがわかる。景気を回復させるには輸出の増加が必要というのが世間のイメージだが、今回の景気回復は輸出が減少していたとしても景気回復が可能なことを示している。

 

【輸出依存度】

輸出が増加しても景気が悪化するケースや輸出が減少しても景気が回復するケースがあることが分かった。そこで世界で日本の輸出依存度はどれ程高いのか調べた。

 

表 世界の輸出依存度 国別ランキング (全208か国)【単位:%】

順位

国名

輸出依存度

1

香港

179.88

11

オランダ

66.00

41

韓国

43.87

50

ドイツ

38.70

110

中国

22.28

121

フランス

20.41

137

イギリス

16.48

144

日本

15.24

169

アメリカ

9.32

グローバルノート - 国際統計・国別統計専門サイトhttp://goo.gl/c5LbrL(2016.1.10閲覧)

 

上の表から日本の輸出依存度は15.24%で世界208か国の中で144位と、アメリカを除く他の先進国よりも輸出依存度が低いということが分かった。つまり景気回復に輸出の増加が必須という世間のイメージと異なり、輸出の増加が昨今の日本の景気に与える影響は少なくなってきているのである。

 

【実質輸入額と景気】

図2

 

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先ほどまでに昨今の日本において輸出額の増減は景気に影響を及ぼしにくいということを述べた。しかし、上の図2からは実質貿易収支の増減は景気に大きく影響を及ぼしているように考えることができる。

 そこで新たに「最近の日本の景気の良し悪しは実質輸入額によって決まるようになっている」という仮説を立て検証する。

 それぞれの期間の内閣府月次報告を参照すると、輸入額が増加する状況の期間、設備投資、個人消費が増加し景気が良くなった。また輸入額が減少する状況の期間、設備投資、個人投資ともに減少し景気が後退していることが分かった。

 よって「最近の日本の景気の良し悪しは実質輸入額の動向によって決まるようになっている」という仮説は正しいと考える。

 

【結論】

この論文では4つの事実を明らかにすることができた。

1つ目は日本における輸出額が増加しているときは景気が良くなるという世間のイメージは統計的に見るとあながち間違ってないように見えるということ。

2つ目は、1つ目のイメージ通りにいかない輸出額が増加しても景気回復しない期間がある上に日本の輸出依存度は他の先進国と比べても低く、輸出額の動向が最近の日本の景気に大きな影響を与えているとは言えないということ。

3つ目は「貿易赤字や実質貿易収支の減少は景気後退に繋がる」という世間のイメージは全く正しくないこと。むしろ貿易赤字や実質貿易収支が減少しているときに景気回復をしていることが頻繁にあること。

4つ目は最近の日本の景気の良し悪しは実質輸入額の動向によって決まるようになってきているということ。

 当初の目的であった「輸出額が減少しているときは景気が悪い」や「貿易赤字のときは景気が悪い」という世間のイメージを分析することで、これらのイメージは行動経済学における代表性によるものであり事実ではないということを示すことができた。この認識を広めることができれば国民が好景気なのにも関わらず不景気だと勘違いして消費を控え結果的に本当に不景気になるという自己成就予言を避けることができるだろう。

 

【参考文献】

浅子和美・篠原総一(2011)『入門・日本経済』有斐閣

山澤成康(2011),『新しい経済予測論』日本評論社

多田洋介(2011),『行動経済学入門』日本経済新聞出版社

三橋規宏・内田茂男・池田吉紀(2009),『ゼミナール日本経済入門 改訂版』日本経済新聞出版社

内閣府 年次経済財政報告(2001) http://goo.gl/xIAPgn  (2015年11月7日閲覧)

内閣府 年次経済財政報告(2008) http://goo.gl/wju83D(2016年1月10日閲覧)

内閣府 年次経済財政報告(2009) http://goo.gl/3GqA0o   (2015年11月8日閲覧)

内閣府 年次経済財政報告(2011) http://goo.gl/DrbqpV (2015年12月閲覧)

内閣府 年次経済財政報告(2012) http://goo.gl/2gH8st (2015年12月閲覧)

内閣府 年次経済財政報告(2013) http://goo.gl/u82fXt(2016年1月10日閲覧)

内閣府 月次経済報告(平成4年11月)http://goo.gl/IhVWt7(2015年12月閲覧)

内閣府 月次経済報告(平成5年5月)http://goo.gl/5tQSD4(2015年12月閲覧)

内閣府 月次経済報告(平成8年4月)http://goo.gl/zYYMOA(2015年12月閲覧)

内閣府 月次経済報告(平成10年6月)http://goo.gl/4ZixPA(2016年1月10日閲覧)

内閣府 月次経済報告(平成12年12月)http://goo.gl/csls6s(2016年1月10日閲覧)

内閣府 月次経済報告(平成19年12月)http://goo.gl/PwcwU0(2016年1月10日閲覧)

内閣府 月次経済報告(平成23年5月)http://goo.gl/HD6Z13(2015年12月閲覧)

内閣府 月次経済報告(平成24年8月)http://goo.gl/N5tCKy(2016年1月10日閲覧)

内閣府 月次経済報告(平成25年10月)http://goo.gl/JM07tC(2016年1月10日閲覧)

グローバルノート -国際統計・国別統計専門サイトhttp://goo.gl/c5LbrL(2016.1.10閲覧)

日本銀行(1998)「1997年度の金融および経済の動向」https://goo.gl/uSyebw(2016年1月10日閲覧)

 

 

 

行動経済学 経済は「感情」で動いている (光文社新書)

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