卒論紹介『経済調査機関による実質GDP成長率予測の精度について』
「経済予測は当たらない」という説がある。2014年4月に消費税率が5%から8%に引き上げられた際、その時期のエコノミストによる経済予想は大きく外れる結果となり、世間を大いに賑わせた。
しかし、経済予測は政府の政策提言の基礎や企業運営における指針などに非常に重要な要素となっている。そのため、この研究では経済調査機関が発表する実質GDP成長率予測に焦点を当て、本当に予測は当たらないのかを調査するとともに、予測機関の予測の傾向を明らかにすることで、最新の経済予測の実態を探っていく。
記事にするにあたり全文を載せるわけにもいかないため、細かいところは省略し、要点のみを紹介していきます。ご了承ください。
【対象予測機関】
予測値については、日本経済研究センターが年初に発表する『日本経済研究センター会報』の「民間調査機関経済見通し」を参考にした。これは、年末に予測機関が発表した予測値を集めたもので、発表時点の次の年度の予測値が掲載されている。以下、1980年以降継続してデータが取れた17機関を対象とした。
<専門研究機関等>
・政府見通し
・日本経済研究センター
・日経NEEDS予測
・国民経済研究会
・関西社会経済研究所
<生命保険・証券系>
・朝日生命保険
・大和総研
・野村証券金融経済研究所
・新光総合研究所
<銀行系>
・大和銀総合研究所
*対象期間は1980年から2012年であるが、2003年以降予測値を発表しなくなった機関や、組織自体がなくなった機関もある。
【日本の経済予測精度】
まず経済予測とそのパフォーマンスについて振り返ってみる。過去の実質GDP成長率予測を振り返ってみると、大きく外れた年が多いことがわかる。予測機関17機関の予測値の最大値と最小値をとってみると、その間に実質値が入っていない場合も多い。どの予測機関も予測が的中しなかった場合である(図1)。また、誤差が大きかった年はどのような年であったか調べるため、実績値と予測機関の予測値平均との差を誤差とし、その絶対値が大きい順に並べた(表2)。
図1 予測機関のパフォーマンス(実質GDP成長率予測)
表2 実質GDP成長率予測誤差ワースト10
予測値の誤差の絶対値が最も大きかったのは2008年度で、予測機関平均の2.0%に対し、実質値はマイナス3.7%で、5.7%も予測が外れている。予測の最大値は野村証券金融経済研究所と大和総研の2.3%、最小値は住友信託銀行やみずほ総合研究所などで1.9%であり、比較的どの機関も似たような予測値を発表していた。
次に誤差の絶対値が大きかったのは、1987年度のバブル期である。87年度の予測は、プラザ合意の影響による急激な円高進行の中で行われた。そのため予測機関平均の2.7%に対し、実質値は6.1%で、3.4%も予測が外れている。予測の最大値は政府見通しの3.5%、最小値は三菱総合研究所の1.8%であった。
【各予測機関の予測精度】
次は対象とした17機関の予測精度について見ていく。予測を評価する方法はさまざまなものが、今回は誤差を評価する指標として、平均平方誤差の平方根を用いる。これは、誤差の二乗和を平均し、平方根をとったものである。この値が小さいほど予測精度が良く、値が大きいほど精度が悪いということになる。
表3 実質GDP予測の平均平方誤差による予測精度比較
【考察】
日本の経済予測の的中率はそれほど高いものではない。予測機関によってはたまたまある年では的中することもあるが、外すことがほとんどである。その中でも予測が大きく外れた時期の背景に、リーマンショックやバブル景気などが挙げられる。世界的な金融危機やバブルは予測に大きな影響を及ぼすようである。
しかし、このような経済危機に対して予測機関はいち早く気づくことはできないのだろうか。外国で起こった危機に対して日本は楽観的な態度を取り、その影響が伝わる速さや大きさを見誤ることが多いように感じる。内閣府が発表する景気基準日付を参考に予測が大きく外れた年度を見てみると、確かに景気の転換点において予測を大きく外した年度が当てはまることが多い。世界の経済状況を加味しつつ、景気の変動に敏感になることが予測を的中させるために重要なことであろう。
予測機関ごとのパフォーマンスを比べると、年代によっては大きく差が出るときはあるが、平均してならすとあまり大差はないように思える。また、予測の的中率が時系列的に上昇しているということはなさそうだ。
そもそも予測を当てようとしていないということも考えられる。予測値を発表することにより、景気をコントロールしようという思惑や努力目標として数値を少し上に予測しているということもあるだろう。紙面の都合上長くなってしまうため省略してしまったが、政府見通しに関して、そのような背景を持って強気な予測をする傾向があるような結果が得られた。
本稿では実質GDP成長率のみをピックアップして分析を行ったため、消費や設備投資、輸出入などGDPを構成する変数については考慮していない。予測項目別に分析を行うことにより、本稿とは違った結果が出ることはあるだろう。より詳細な結果出ることは間違いないので検証する必要があると思われる。
今回のように、経済予測について事後的な評価をすることは予測の精度を向上させるために必要なことである。しかし、単に実質GDP成長率が当たったかどうかで判断するのではなく、なぜはずれたのか、今後予測を的中させるにはどうすればいいかなど多角的な評価方法を考えるべきである。
経済予測は家計や企業、はたまた一国の道標となりうるものであるため、今後もこのような評価を続けていくことは重要である。
【参考文献・資料】
浅子和美・佐野尚史・長尾知幸(1989),「経済予測の評価」, 大蔵省財政金融研究所『フィナンシャル・レビュー』, 第13 号, pp10-33。
山澤成康・阿久津聡・倉品武文・杉山友規・高橋顕吾・西川琢也・村上直己(1998),「経済予測のパフォーマンスは満足できるものか」, JCER REVIEW, Vol.14。
浅子和美・山澤成康(2005), 「予測機関の予測形成様式」, 「経済研究」, Vol.56, No.3,July 2005, pp218-233。
山澤成康(2011),『新しい経済予測論』、日本評論社。
日本経済研究センター,『日本経済研究センター会報』, 1980-2008 内1,2月号。
JCER 日本経済研究センターホームページ(https://www.jcer.or.jp/index.html)
内閣府,「年次経済財政報告」,内閣府ホームページ(http://www.cao.go.jp/ )