卒論紹介『子どもの成長と労働環境との関係性の分析について』
論文報告
「子どもの成長と労働環境との関係性の分析について
―――よい子指標を用いた子育てに望ましい労働環境の考察」
はじめに
少子高齢化の進む日本社会が労働力を維持するためには、生産年齢人口にあたる人びとのうち、より多くの人に働いてもらうこと、そして子どもの数を増やすことの二点が重要です。しかし現状では、特に女性に対して仕事か育児かのどちらかしか選択できないような環境となっており、両立ができていません。そこで卒業論文のテーマとして選択したのが子どもの成長と就労環境についての関係です。分析の手順としては、まず主成分分析により子どもの成長について、よい子指標と呼べるような指標をつくりました。そして、このよい子指標と労働者の状況を示す変数との関係を、重回帰分析を用いて分析し、子どもと労働の間にどのような関係が存在するのかを明らかにします。なおこの分析では、2010年の都道府県別統計データを主に使用し、2010年に調査のなかった社会生活基本調査については、調査期間の最も近い2011年のデータを使用しました。
主成分分析の説明と分析結果
そもそも主成分分析とは、いくつかある変数を見やすくまとめる手段の一つです。具体的にどのように見やすくするかというと、それぞれの変数に主成分負荷量をかけて、新しく変数を合成することで、変数をまとめた指標をつくるのです。この分析では、主成分分析を行った結果得られた主成分のうち主成分1と2を重回帰分析の被説明変数としました。以下が各変数の主成分別負荷量です。
図表3:第1主成分の負荷量
第1主成分は進学率の負荷量が最も大きくプラスに働き、続いてセンター試験受験率が続いています。また全国学力調査の得点率もまたプラスに働いており、学力をあらわす項目の全てがプラスに働きました。一方で専門学校の進学率や就職率がマイナスに働いていることは、大学への進学者が多いことを示しています。したがって第1主成分は学歴に重点を置いたよい子の指標といえるのです。
図表4:第2主成分の負荷量
次に第2主成分については、学力調査の正答率や就職率がプラスに働いています。そしてマイナスに働いているのは少年犯罪率であることを考えると、勤勉さや勤労さが反映された、態度重視よい子指標と言えそうです。その一方で、大学進学率がマイナスに働いていることから、大学進学を重視していないことが考えられます。
回帰式の設定
ここでは、よい子指標を被説明変数として行った重回帰分析の回帰式の設定過程について述べていきます。この分析における目的変数は、就職率、第1主成分である学歴重視よい子指標、第2主成分である態度重視よい子指標の3つであり、それぞれの目的変数に対して重回帰分析を行いました。そして説明変数は以下の21項目です。
- 一人あたり県民所得
- 昼夜間人口比率
- 有業率
- 完全失業率
- 求職者比率
- 過去1年以内の就業異動中の就業継続率
- 起業者割合
- 役員割合
- 正規雇用者割合
- 平均継続就業期間
- 労働条件を理由とした離職率
- 結婚を理由とした離職率
- 妊娠・出産を理由とした離職率
- 介護・看護を理由とした離職率
- 子育て中の有業者割合
- 子育て中の有業者の育児休業等制度の利用率
- 介護を行っている有業者の割合
- 介護中の有業者の介護休業等制度の利用率
- 仕事にかける時間
- 通勤・通学時間
- 学習・自己啓発・訓練(学業以外)
推計結果と考察
まず重回帰分析の結果を説明したのちに、3つの回帰分析の結果から読み取れる事柄についてまとめを行います。はじめに、就職率を目的変数とした重回帰分析の結果ですが、傾向が読み取りにくい結果だったため、割愛します。
学歴重視よい子指標を目的変数とした回帰結果
主成分分析で得た指標からはまず、学歴重視よい子指標を目的変数とした重回帰分析の結果を説明します。P<0.4を満たす説明変数は10項目が残りました。
図表6:学歴重視よい子指標を目的変数とした回帰式
説明変数 |
係数 |
t値 |
P値 |
|
一人あたり県民所得 |
0.00267 |
4.09006 |
*** |
0.00023 |
昼夜間人口比率 |
-0.11724 |
-1.94427 |
* |
0.05971 |
-0.22843 |
-1.01363 |
|
0.31752 |
|
起業者割合 |
-2.69364 |
-3.34311 |
*** |
0.00194 |
役員割合 |
1.25126 |
3.10841 |
*** |
0.00366 |
平均継続就業期間 |
-0.26302 |
-1.19519 |
|
0.23983 |
結婚を理由とした離職率 |
0.45826 |
2.69090 |
** |
0.01074 |
妊娠・出産を理由とした離職率 |
-0.26705 |
-1.61624 |
|
0.11477 |
子育て中の有業者の 育児休業等制度の利用率 |
0.18499 |
2.07360 |
** |
0.04533 |
介護中の有業者の 介護休業等制度の利用率 |
-0.11942 |
-0.96509 |
ですが |
0.34094 |
(定数項) |
5.42845 |
0.73394 |
|
0.46774 |
R2=0.667, AIC=156.527 |
分析の結果、一人あたり県民所得、起業者割合、役員割合の3項目が1%有意を満たしました。さらに5%有意の範囲に収まったのは、結婚を理由とした離職率と子育て中の有業者割合で10%有意の範囲には昼夜間人口比率が含まれています。これら、10%有意までに含まれる項目の多くがプラスにはたらいており、マイナスにはたらいた項目は起業者割合と昼夜間人口比率です。
態度重視よい子指標を目的変数とした回帰結果
図表7:態度重視よい子指標を目的変数とした回帰式
説明変数 |
係数 |
t値 |
P-値 |
|
有業率 |
-0.28523 |
-2.57116 |
** |
0.01429 |
求職者比率 |
-0.45930 |
-3.02658 |
*** |
0.00448 |
役員割合 |
0.27731 |
1.34273 |
|
0.18754 |
介護・看護を理由とした離職率 |
0.58984 |
3.04974 |
*** |
0.00422 |
子育て中の有業者割合 |
-0.22443 |
-1.36041 |
|
0.18193 |
子育て中の有業者の 育児休業等制度の利用率 |
0.16658 |
2.39517 |
** |
0.02179 |
介護を行っている有業者の割合 |
-1.52305 |
-3.98520 |
*** |
0.00030 |
仕事にかける時間 |
0.10283 |
3.74004 |
*** |
0.00062 |
通勤・通学時間 |
-0.08837 |
-1.93018 |
* |
0.06128 |
(定数項) |
4.43133 |
0.88178 |
|
0.38359 |
R2=0.612, AIC=141.463 |
態度重視よい子指標を目的変数とした回帰分析では、求職者比率、介護・看護を理由とした離職率、介護を行っている有業者の割合、仕事にかける時間の4点が有意水準1%を満たしており、有業率と子育て中の有業者の育児休業等制度の利用率が有意水準5%、通勤・通学時間が有意水準10%にそれぞれ含まれています。
分析結果から
以上の分析結果から読み取れることのなかで興味深いのは、「子育て中の有業者の育児休業等制度の利用率」がふたつのよい子指標のどちらにも有意だったことです。ここから女性が働きながら子育てを行うための制度を利用しやすい環境にあることは、こどもが学歴や態度の面においてよりよく成長していくために重要といえます。したがって、出産・育児休暇や時短勤務といった、子育てを援助する制度を整えることはこどものためにもなることなので、より促進すべきだといえるでしょう。
参考文献
西内 啓(2013),『統計学が最強の学問である――データ社会を生き抜くための武器と教養』、ダイヤモンド社。
符 李諱(2009),「高学歴女性と少子化に関する実証的研究一共働き高学歴女性の職業意識・労働環境と育児実態の事例から一」,『総合政策』第7 巻第1 号,Iwate Prefectural University,p105− 106。
嘉本 伊都子(2004)「女子学生のライフコース設定と就労意識──2003年度質的社会調査を通して──」,『現代社会研究』第7巻, 京都女子大学現代社会学部,p63-81。
大野 祥子(2012) 「育児期男性にとっての家庭関与の意味 男性の生活スタイルの多様化に注目して」,『発達心理学研究』第23巻第3号,一般社団法人日本発達心理学会,p 287-297。
多賀 太(2005)「性別役割分業が否定される中での父親役割」,『フォーラム現代社会学』 第4巻, 関西社会学会,p48-56。
住田正樹・中村真弓・山瀬範子(2009)「幼児をもつ親の役割意識に関する研究」,『放送大学研究年報』第27巻, 放送大学,p25-33。
総務省(2014)「平成 26 年版情報通信白書」,総務省ホームページ(http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h26/html/nc141210.html:2016年1月11日閲覧)(licensed under CC-BY 2.1 JP http://creativecommons.org/licenses/by/2.1/jp/)
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