卒論紹介:アベノミクスに対する雑誌メディアの論調研究
今回の研究は、アベノミクスの第一の矢である大胆な金融政策に大きく関わりがあるインフレ期待に着目した。そのインフレ期待を作り上げていく中で、金融政策や日本銀行への信頼は大切であるが、多くの人々に情報を発信し影響を与える力を持っているメディアも重要な役割を果たすのではないかと考えられる。そのため、今回の研究は特に経済に関心がある人が読むと考えられる経済誌に絞って、論調を見ていく。経済誌の論調から特徴や主張を知ることは、経済誌というメディアが期待にどれほどの影響を与えるかを知るということにつながるので重要なことであるといえる。
今回の研究ではリフレ政策を中心としたアベノミクス、日本銀行の対する雑誌メディアの論調を見るが、対象とする雑誌は経済誌の中でも「週刊ダイヤモンド」、「週刊東洋経済」、「週刊エコノミスト」の3誌とした。
期間については2012年9月1日から2014年7月31日までとした。この期間はアベノミクスについて言及され始める時期を知り、できるだけ長く論調を追うために、2012年9月26日に自民党総裁選挙が行われ、現在の安倍晋三総裁が選ばれた月の初めから、今回の研究を始めた月の末までということで設定した。
表1.「週刊ダイヤモンド」取り上げ方
表2.「週刊東洋経済」取り上げ方
表3.「週刊エコノミスト」取り上げ方
各誌の記事の取り上げ方を見ていくと「週刊ダイヤモンド」の論調の立場は批判的な記事が19本、中立の立場の記事が8本、賛同の記事は1本もないという状態で全体としてアベノミクスや日本銀行の金融政策に対しては批判的な立場をとっている。取り上げ方は2012年12月の政権交代前後にニュースの記事が多くなっただけであり、2013年4月に日本銀行による金融緩和が始められた頃から、ニュースの記事はほとんどなくなっている。特集の記事も同様に2013年4月はメインの特集が2本組まれ、ページ数も最も多くなったが、その後はアベノミクスを検証するような特集が組まれることは数回しかなく、ページ数もそれほどさかれることがなかった。
「週刊東洋経済」の論調の立場は批判的な記事が16本、中立の立場の記事が12本、賛同の記事はなかったということで「週刊ダイヤモンド」と同様に批判的な立場をとっていた。取り上げ方は、2012年12月の政権交代前後にニュースの記事が多くなり、その後、数は少ないが2013年7月までは毎月1度は取り上げられている。しかし、それ以降はほとんどニュースの記事では取り上げられることがなかった。特集の記事は2012年12月から2013年6月まで毎月取り上げられていたが、2013年3月に2本の記事があっただけで、残りは1本だけであった。その後は検証する特集も少なく、ページ数も少なかった。
「週刊エコノミスト」の論調の立場は批判的な記事が30本、中立の立場の記事が43本、賛同の記事は13本と3誌の中で唯一アベノミクスに対して賛同の記事が見られ、他の2誌と違い中立の記事が最も多い。また、記事の本数も最も多い87本であり、「ダイヤモンド」が27本「東洋経済」が28本と比べても圧倒的に多くなっている。
各誌の主張を見ると、「週刊ダイヤモンド」の主張は、アベノミクスが本格化する前では、デフレの原因は構造的な問題にあるとして、金融政策でインフレ目標を達成するのは困難としていたり、金融政策の円安に対する効果を疑問視していたりというようなものであった。日本銀行による量的・質的緩和が始められる前後では、インフレに持っていくこと自体の否定するものやアベノミクスはバブルにつながる可能性があるというもの、ゼロ金利下では有効な手段をとることは難しいというもの、金融緩和による株価上昇は一時的なものであるというもの、国債の金利上昇やインフレ自体をコントロールできなくなる危険があるというものであった。そして、アベノミクスの金融政策の効果が出てからは、アベノミクスは、円安、株高に貢献したと一定の評価をされているが、海外へ生産拠点が移ったことにより円安の効果は以前よりも弱くなっているという主張や金融緩和のみでは限界があり、賃金が上がらないとバブルの危険が増すという主張があった。
「週刊東洋経済」の主張は、アベノミクスが本格化する前では、デフレの原因を貨幣的な問題ではなく需給の問題としてとらえていて、金融政策の効果に対して疑問視するようなものであった。金融緩和前後では、以前とは違い、脱デフレに対して金融政策は効果があるという前提の上で話を進めていて、賃金の上昇や金融政策以外にもイノベーションが必要であるというものであった。そして、効果が出てからは、短期的な成功と評価しているが、中長期的な視点では円安が終わってからの物価上昇に疑問を持っていたり、大災害などによって物価や金利が大きく上昇したときを懸念したりしているというものだった。
「週刊エコノミスト」の主張は、アベノミクスが本格化する前では、デフレの原因を貨幣的現象ととらえてリフレ政策に効果があるとし、賃金上昇に対する疑問の声などのよく出てくる批判に対しても反論している賛同的なものや貨幣的な問題ではなく構造的な問題であるので、金融緩和の効果は薄いとし、リフレ政策は国民生活を苦しくする可能性があるという批判的なものがあった。金融緩和前後では、インフレ目標に向けた金融緩和に対して評価しているものや期待は資産価格に働きかけるだけで、賃金などは簡単には動かせずにバブルを生み出すとして批判的なものがあった。アベノミクスの効果が出てからの主張は、肯定的な意見はそれまでの金融政策を振り返り、株高・円安のような成果を上げたことを評価するというものが多かった。これに対して、批判的な記事では長期国債の金利上昇の危険性について言及するものが多かった。
また、アベノミクスの効果の予想ともいえる株価、円ドル為替レート、長期金利の予想を見ていくと「週刊ダイヤモンド(2012年12月22日号)」の特集「総予測2013」では株価は「12000円までの上昇はある。」、円ドル為替レートは「日銀緩和の効果は薄く、年末に1ドル=88円と予想する。」、長期金利は「1%台に上昇する。」というような見方をしている。そして、1年後の「週刊ダイヤモンド(2013年12月22日、2014年1月4日号)」の特集「2014→2020総予測」では、株価は「3月に18000円まで上昇する。」、円ドル為替レートは「110円程度まで上昇する可能性がある。」、長期金利は「0.55~1.10%の間で推移する。」と予想されていた。
「週刊東洋経済(2012年12月29日・2013年1月5日号)」の特集「2013年大予測」では株価は「10000円台に定着する。」、円ドル為替レートは「1ドル=75~85円のレンジ相場が続く。」、長期金利は「0.6~0.7%に一段と低下する。」と予想されている。1年後の「週刊東洋経済(2013年12月28日・2014年1月4日号)」の特集「2014年大展望」では、株価は「14500円~16000円と見込む。」、円ドル為替レート「1ドル=100~105円」、長期金利は「0.6~0.8%のレンジ相場」と予想している。
「週刊エコノミスト」の株価、円ドル為替レート、長期金利の予測を見ていくと「マーケット総予測2013年」では、株価は「10800円や13000円超」、円ドル為替レート「1ドル=75~85円や84円超の水準は期待できない」、長期金利「1%到達には遠い」と予想している。1年後の「マーケット総予測2014年」では株価は「18000円や20000円」、円ドル為替レートは「1ドル=108円や110円」、長期金利は「0.4~0.9%の低位安定」と予想している。
日経平均株価を終値で見ていくと、民主党政権時には9,000円前後を推移していて、安倍政権が誕生してからは10,000円を超え、その後10,000円を割ることはなかった。2013年5月26日には15,627.26円まで上昇し、2013年12月30日には16,291.31円となった。その後2014年1月から7月までは14,000~16,000円の間を推移していた。
このように、実際の数値とは大きな差がある場合や予測の幅を大きくしてよほどのことがなければ外れることがないようにする場合が多かった。
円ドル為替レートの終値の動きを見ると、民主党政権時は80円付近を推移していて、総選挙付近から円安の傾向が見え始め、5月9日に100円を超えるまで100円手前を推移した。その後も90円台後半から100円台前半の推移をしていった。また、対象の期間ではないが、2014年12月には120円前後を推移するようになっている。
10年物国債の金利の終値を見ると、民主党政権時から安倍内閣が誕生してしばらくは0.7~0.8%付近を推移していて、2013年3月あたりから金利下落の傾向が見え始め、2013年4月末まで0.5~0.6%を推移していた。2013年5月には一度上昇傾向が見られ、5月23日には終値ではないが一時1%を超えた。そして、2013年5月から8月の上旬までは0.8~0.9%を推移した。その後は、2013年12月末と2014年1月上旬に0.7%を超えただけで、基本的には緩やかな下落の傾向を続けていった。
これらのことからアベノミクスの金融政策に対しては、効果が出てくる前にしていた批判的な主張を一貫して続けていた雑誌はなく、その主張とは大きく異なるアベノミクスの効果が出てきたことで、効果の一部を認め、主張を転換させていたので、雑誌メディアが人々の期待や予測に与える影響はアベノミクス関連の記事に限るとそれほど強くなかったといえる。
今回の研究は、雑誌メディアの特集記事・ニュース記事に絞り、雑誌の中では一部しか対象としなかったので、連載などの記事を見ていくと違った結果が見えてくるのかもしれない。
期間についても2012年9月1日から2014年7月31日までとしていたので、アベノミクスの始まりの部分がメインになったが、アベノミクスの政策全体を評価するには今後のことが要因として大きく関わってくるであろう。そのため、アベノミクスの政策自体やその成果、雑誌メディアの論調を今後も見ていくことには研究としても有用性があると考えられ、さらに、アベノミクスが数年後に振り返ったときにどのような評価を受けるかということも見ていくことが重要であると感じた。
参考文献
1.池田信夫(2013)『アベノミクスの幻想』東洋経済新報社
2.山家悠紀夫(2014)『アベノミクスと暮らしのゆくえ』岩波書店
7.『週刊エコノミスト』毎日新